デス・オーバチュア
第88話「血戦開始」




「タナトス〜、会いたかったよ」
通路を駆けていたタナトスは、いきなり背後から何者かに抱き締められた。
「やっとまともに会えたね」
何者のかなど確認するまでもない。
耳元に囁かれる甘い声も、自分を優しく抱き締めてくる腕の温もりも、その者の放つ香りも気配も……全て馴染み深いものだった。
十年近くの歳月を共にあったモノ。
七年の歳月を共に過ごした養父や養母達よりも、十年の歳月を共に暮らした異母妹二人よりも、ある意味自分の近くに常に居ながら……互いを分かり合うことが、受け入れることができなかった存在だ。
「フッ、会わせる顔が無い、などと殊勝なことは考えもしないわけだな」
リーヴの声。
彼女は自分達のすぐ後ろで、足を止めて、様子を見守っているようだった。
「ふん、確かにタイミングを逃したなとは思ってるよ。魔王……過去の亡霊に足止めされるは、あの錬金術師の出しゃばりのせいで、運命的なタイミングで劇的に再会する演出ができなかったしな」
「で、その後、機会を待ちに待ち続けて……ギリギリのギリギリでようやく『仕方なく』出てきたわけか?」
「ちっ、お前の察しの良すぎるところが嫌なんだよ。今は、時と空間を超えてやっと再会した恋人同士の熱い抱擁のシーンなんだから、邪魔虫は大人しくしていろ」
「結論が出ていなくても、最後の機会は逃せぬというわけか……」
その発言を最後にリーブはもう口を挟んでこない。
「愛するタナトスが無事で……」
「…………っ!」
タナトスは、自分を抱き締めるルーファスの腕を激しく払い除けて、彼を拒絶した。
「タナトス?」
拒絶の激しさが、それとも、拒絶した後自分を見つめるタナトスの冷め切った瞳が予想外だったのか、ルーファスはキョトンとした表情を浮かべる。
「もう芝居は……愛してるフリはいい……」
タナトスは絞り出すような声でそう告げた。
「…………」
ルーファスはしばらく呆然とタナトスを見つめていたが、やがて微笑を浮かべる。
それは苦笑だったのか、自嘲だったのか、とても残念そうにも、何かを諦めたようにも見えるとても複雑で不思議な笑みだった。
「まあ、仕方ないか」
ルーファスは飄々としたとらえどころのない態度に切り替える。
今までのような過剰に態とらしいまでに好意的で優しい態度とも、タナトス以外の他者に向けるどこまでも冷たく容赦のない態度とも違っていた。
「……ブリューナク……D……」
タナトスはここに辿り着くまでに出会った二人の女性の名を口にする。
「ん……そうだね。全部、タナトスが思っている通りだと思うよ」
名を聞いただけで、タナトスが何を想い、何を尋ねたいのか、ルーファスには解っているようだった。
「そうか、では、今はそのことはいい。その代わりに、今までに何度もした問いを、今この場でもう一度だけする……お前は『何』んだ、ルーファス?」
それは全てを問う質問だった。
「……もう解っているんじゃないかな、タナトスも? 俺が何者なのか? いや、仮に正体なんかは解らなくても、もっと根本的な……俺がどういう奴なのかをね」
ルーファスは明確には答えない。
すでに答えはタナトスの内にあるとでも言うかのように……曖昧に答えた。
「…………」
「俺の『正体』なんかに深い意味はないさ、少なくともお前にとってはどうでもいいことのはずだ。問題は俺の『本質』……それをお前が理解できるか? 受け入れられるか? 許せるか? ただそれだけだ……それが全てだよ」
「……本質……」
「概念、存在の根本……大事なことはそれだけだ。性別、種族、年月の差、そんなものはどうでもいい……問題なのは価値観だ。それが互いに合うのなら共に歩み、相反するなら互いを潰し合う、この世の全てはその二つだけで成り立っている」
「…………」
ルーファスの言葉の意味を、タナトスは理屈的には理解できない。
だが、ニュアンス的に理解……感じ取ることはできた。
「俺を盲目的に信じるなんて愚かなことはするな。俺は他人の期待や信頼を裏切ることなどなんとも思っていない。いや、裏切る裏切らないなんて感覚自体ないんだよ」
「罪悪感というものがその男には存在していない。いや、人間の定めた罪という概念そのものがその男には無意味なのだ……」
ルーファスの言葉を補足するように、リーブが口を挟む。
「俺にとっての真実はその瞬間、瞬間の衝動的な想いだけだ。それを覚えておいて、お前が決めろ、タナトス」
「……私が決める?」
「今まで通り、俺と共にあるか。俺を敵と定め、俺を倒し、俺から自由になるか……選択肢は二つだけだ」
「…………」
「勝ち目がないから、いやいや、俺の物になるなんて決断はするなよ。俺はそんなお前には何の魅力も感じない」
「なっ……なんて……」
なんて勝手で、無茶苦茶な主張だ。
いったい自分にどうしろと言うのだ?
いや、だから、それを自分で考えて決めろというのか?
「まあ、俺の肩書き的なことが知りたいなら、この後生きてクリアに帰れたら全部教えてやるよ。そんなもの、たいして判断材料にもならないと俺は思うけどね」
「…………」
自らの『正体』など本当に彼にはどうでもいいことのようだった。
「さて、とにかく、今はファントム(亡霊)を全て終わらせてこい。さっさと行かないと、クロスがくたばるぞ」
「ん?……なああっ!?」
今、さらりとこの男はとんでもないことを言わなかっただろうか?
「今、ファントムの総帥とクロスの奴が戦っている真っ最中だ。あの調子だと、長くはもたないだろうな……」
「くっ! お前はそれを黙って見ていたのか!?」
「ああ……」
「くっ! やはりお前は最悪の男だ!」
タナトスはルーファスに背を向けると、すぐにも駆けだそうとした。
「この通路をひたすらまっすぐ進め、途中、最下層に降りるための階段があるが、儀式が行われているのはこの階層の最奥の部屋だ」
ルーファスの発言が終わるか終わらないかのうちにタナトスは駆けだす。
「タナトス、遠くを見すぎて、足下の石に躓くなよ。それと勝手に最後を決めつけるなよ。ああ、後……俺に許可無くこれ以上死ぬなよ」
タナトスは、ルーファスの忠告?を背中に受けながら、通路の奥へと凄まじい速さで消えていった。



通路を突風と化したタナトスが駆け抜けていく。
解る、例え、ルーファスに道を聞いていなかったとしても、迷うことはなかったはずだ。
通路の奥から、信じられない程強大な魔力の余波が流れてくるのを感じる。
魔王の域にも届きそうな二つの魔力が激しく衝突を繰り返しているのが、はっきりと解った。
片方は紛れもなくクロスの魔力……いや、それにしては強大すぎるし、いつものクロスの魔力とは何か根本的に違う気がする。
だが、そんなことを追求している場合ではない、考えるよりも速く駆けるのだ。
一秒でも速く、クロスの元へ駆けつけるために。
タナトスは、ルーファスの言っていた地下へと降りるための階段を一足で飛び越え、そのまま走る速度をどこまでも高めていった。
しばらく進むと、開け放たれたままの広大な室内への門が見えてくる。
そして、その室内の奥にさらに門が……あの門の向こうだ。
そこに守るべき妹と、倒すべき、最後の敵が居る。
最後の敵……まだファントム十大天使を全員倒してはいないはずだが、ここまで来る間に出会わなかったということは、タナトス以外の誰かが倒してくれたのか、ファントムに見切りをつけて自ら去ったのか、いずれにしろもう敵は、ファントムの総帥唯一人ということだ。
突風と化したタナトスはもう誰にも止められない。
室内に飛び込むと、そのまま、部屋の奥の門を勢いに任せて吹き飛ば……す直前、止まるはずのないタナトスが急ブレーキをかけて、無理矢理背後へと跳び戻った。
「くっ!?」
いきなり空間に現れた巨大な『錐』が門の目前の床に大穴を穿つ。
錐は赤い『霧』と化し、霧散した。
「待っていたぞ、死神よ」
赤い霧が密集し、人の形を形成する。
漆黒の吸血鬼、ティファレクト・ミカエルが門の前に立ちはだかるように宙に浮いていた。









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